かつてわたしは、神様とか宗教というものは、人間がつくりだした歴史や文化のようなものと思っていました。

 母方の祖母は日蓮宗の門徒で、父方の祖母は東本願寺の門徒でした。母方の祖父は明治のインテリで銀行員、父方の祖父は、養鶏農家でしたが、二人とも宗教に熱心とは言えませんでした。むしろ、部落で結核が流行り、村人が神仏に頼り、ばたばたと死んでいった中、医学書を読み、牛乳と卵を食べさせ、部屋にひとりでそれぞれ約2年間、症状が治まるまで閉じ込めて、6人家族をひとりも死なせなかったことを、父や叔父から聞いていました。

 二人兄弟の弟とは、よく口喧嘩をし、自分の思うとおりにならないと癇癪を起すような、生活を送っていました。小学校4年から大学入学まで文通していた相手からは、毎月のように手紙がくるのに、わたしは、約10年間で数通しか出していませんでした。 20歳をすぎて、酒、たばこ、パチンコ、麻雀、社交ダンス、スキー、ビリヤード、アマチュア無線、テニスなどなど、アルバイトはしていましたが、勉強はほとんどせずに、遊び惚けていました。日曜日や祝日は、何をしようかと暇を持てあます日々でした。

 宣教師がつくった幼稚園に通い、宣教師から母が買った「ベットタイムストーリーズ」をぼろぼろになるまで読み、小学生時代日曜学校の精勤賞で新約聖書をいただき、教会の中学生会で、献花台や献金皿をみがく奉仕をし、教会の高校生会で、老人ホーム慰問や、キャンプ、クリスマス祝会に参加していたにも関わらず・・・です。

 大学入学式の日、門前で渡されたトラクトに付いていたハガキを出したことにより、下宿していた部屋に、一人の兄弟が訪問してくれました。「あなたは、神様はいると思いますか?」「一緒に、聖書を学びませんか?」 聖書研究会に参加していく中、Oさんが属していた教会へ誘われ、礼拝に出席するようになりました。夏の修養会で、ウィクリフの鳥羽季義先生が、詩編119編を講解してくださいました。「御言葉の全体は真理です。あなたの正しいおきてのすべては、とこしえに絶えることはありません。」詩編119編160節

 この言葉が語られたとき、今しか、信じる時は無い、今をのがしたら、わたしは一生、イエス様を信じることが無いのではないか?と思わされました。

 電子工学を学んでいたわたしにとり「『真理』である。」ということは、唯一の正しい事であり、間違いのない信じるに足ることという意味なのです。 集会のすぐあと、牧師の元へ行き、「イエス様を信じたい」と話すと、先生は、「あなたのどの罪のために、イエス様が死んでくださったのかを知る必要がある」と仰り、一緒に祈ってくださいました。 祈りの中で、次々と示されることがあり、ひとつひとつ赦しを乞いました。その後、具体的な生活の中で、弟に謝り、文通相手には謝罪の手紙を書き、過去に盗んで食べた玉ねぎは、誰のものかわからなかったので、返せませんでしたが、イエス様に赦しを乞いました。 その年のクリスマスに、皆の前で信仰告白し、洗礼を受けることができました。

 受洗した翌週、実家へ帰省し、母と弟に、受洗報告とともに、イエス様のことを話した翌朝、母が仕事先で倒れ、そのまま入院、翌年16日に召されました。2晩徹夜の後の疲労によるクモ膜下出血でした。気管切開されたため、会話ができず、意識はありましたが、召されるまで意思疎通が難しい状況でした。

 牧師先生は、葬儀のとき、自宅まで来てくださり、わたしが信仰を失わないように祈ってくださいました。その年の秋まで、悶々とした日々を過ごしましたが、学校からの帰り道、聖書の言葉が、思い出されてきました。「わたしは、あわれもうと思うものをあわれみ、いつくしもうと思うものをいつくしむ。」  この時、わたしが、今まで、「神であられる方を神としてこなかった」ことが、どんなに大きな罪であるかを示されました。大通りをはずれ、畑の中の小道へそれて、ひざまずいて泣いて祈りました。

「今まで、神であられる方を神としてこなかったことを許してください。こんなわたしをも、イエス様は愛してくださり、十字架でわたしの罪を身代わりに負って死んでくださったことを信じます。ありがとうございます。どうぞ、わたしの心に入り、わたしの主となってください。」その日から、わたしは変わりました。

 この目に見える世界は、神様が造られた世界であり、その素晴らしい輝きが見えるようになりました。同時に、神様を認めようとしない罪により、多くの苦しみがもたらされていることも。 

 弟は、わたしが癇癪を起さなくなったと認めてくれるようになり、日曜日や祝日は、教会や他の人のために使うようになり、暇な日がなくなりました。

 その後、就職、結婚、同居義母の緊急入院、3人の息子の子育て、離職、再就職、父の再婚、父と養母の受洗、父召天とさまざまな折々に、祈り、また祈っていただき、そのときどきにあたえられる聖書の言葉を信じて、ここまで守られてきました。

 失敗ばかりの歩みで、多くの方々のお世話になり、祈られていることがどんなにありがたいことかを思う毎日です。